講談社選書メチエだからそこまでガチガチではないんだけど、若干専門寄りの
地味目の内容。なんで読んでるのかというと、話せば長いんですが、
まず「真田丸」を見て(もう10年前ですか)、武田氏について知らないなと思った。
→8年後くらいに武田氏参考図書をピックアップして読んでみた。(課題図書の順番がね)
→10冊くらい読んだ中で、丸島和洋の本が面白かった。
→ついでだから丸島和洋の本も何冊かツブした。
→これが最後の一冊。
という経緯。なので、テーマで選んだ内容ではなかったんですよね。
実際、正直にいえば内容は地味でした。でも丸島和洋は文章がちゃんとしているから、
地味な内容でも読めます。まあ淡々と読み進めておりました。
そのくらいなら特に感想を書く予定はなかったのですが、一部面白いところがあったので
残しておきます。
戦国大名の外交はつまり「取次」が肝らしい。「取次」とは、
他国や境目国衆と、自国の仲を取り持つ存在。一族だったり家老だったり側近だったりが勤め、
交渉を行ない、上手く連絡をつけ続ける――人物らしい。
この本では武田氏の場合をじっくり書いたあと、ちらっと
「本能寺の変の原因として、長曾我部氏と織田信長が決裂し、取次をしていた
明智光秀の面目がつぶれたことも要因として挙げられている」
――なるほど。前半でじっくり「取次」について読んだことで、この部分解像度が上がるなあ。
そしてさらに面白かったのが、取次が暴走する場合もあったことの例。
これは島津家の場合でしたね。わたしは島津氏の歴史を詳らかにしないが、
島津家久のことを書いているから、関ケ原の少し前の人。死没1587年。
本家の意向に背いて勝手に援軍を派遣しようとしたり、事実と違うことを言って
本家を動かそうとしたり、読んでいてかなり勝手なことをしていると思った。
これは島津、あるいは家久の個別状況という側面もあったかもしれないが、
根本には、取次の関係性が破綻すると、面目も実利(相手方から知行地を与えられることも)
も失うという理由があったらしい。
その他、取次として複数ルートが設定されていたり、それらが食い違った場合があったり、
主君と取次の温度差、立場の違いなどなど、いろいろあったんだそうですよ。
前半地味なところを細かく読んでいたからこそ、この島津の場合が面白かった。
地味な本ですが、興味がある方にはおすすめです。

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